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2024
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590日ぶりのグラウンド

◆―2022年8月24日、東洋大学戦。

夏合宿中盤のCカテゴリーの試合。後半20分に早稲田大学菅平グラウンドに姿を現したのは、小西泰聖であった。

早稲田のスクラムハーフとして第一線で活躍していた彼は、1年7ヶ月ぶりに、フィールド上でプレーを見せてくれたのだ。

彼は復帰戦をこのように振り返った。

 「正直、めちゃくちゃ緊張していた。2020シーズンのラストゲームから長い時間が経過していた。たくさんの方からの応援、部員からの期待さえもプレッシャーのようにのしかかる。ラグビー観戦自体が久しぶりとなる両親も見に来てくれている。

あの頃と比べれば体力も技術もまだまだ納得できるレベルにはない。

でも、ここまで積み上げてきた時間がある。気負うことなく、とにかく楽しもうと覚悟を決めて臨んだ。

久しぶりのラグビーは本当に楽しかった。」

◆2021年1月11日、国立競技場での選手権決勝。

前年悲願の日本一に輝いた早稲田が、連覇に挑んだ年。

アカクロのファーストジャージに身を包んだ彼は、チームの要であるスクラムハーフとしてフィールド上にいた。

的確なパス捌き、冷静な判断力、ボールを追う瞬発力など、大学屈指の実力を兼ね備え、フォワードとバックスを繋ぐ、早稲田において重要な存在であった。

順風満帆なラグビー人生。しかし突然、それが奪われた。

「ラグビーはもうやめないか」

医師に告げられた受け入れ難い言葉を、彼は理解することができなかった。

非常につらい日々だった。

治療とリハビリに費やしたこの期間、これまでの順風満帆なラグビー人生では考えられないような現実と向き合った。

 生と死が隣り合わせにある病院の中で、自分にも終わりがあることを実感したのが、一番の大きな出来事だった。

好きなことを全力で頑張ってここまで這い上がり、これからの未来を見据えていたのに、この状況下で次を考えるのはしんどかった。

ラグビーを続けられるかも定まらない状況の中で彼は何をモチベーションにして、頑張ってこられたのか。当時の状況をこう語った。

「最初の方は、わからなかった。

なんで自分だけこんな苦しい思いをして、どこを目指せばいいのかわからなかった。

みんなが未来を真剣に考え始め、就活が始まる時期。そんなこと正直考えられないくらいだった。俺は何をしているんだと。

 同時に、ラグビーをやめてもいいんだよ、との声もあった。両親もラグビーを諦めない自分を応援・期待してくれる一方で、別の人生を歩むことも提案してくれた。

 やめてしまおうかとも思った。でも結局、自分からラグビーは離せなかった。相談していた一部の人から「お前、ラグビーしないで何するの」って聞かれたときにハッとした。ラグビーを諦めたくないという気持ちがあって、自分を待っててくれる人、応援してくれる人がいるなら、その人たちのためにフィールド上に戻りたい。自分の意思で、もうラグビーを辞めようと思えるくらい、一旦またできるところまで努力してやってみせるのが、応援してくれる人達のため、自分のためになるだろう、と。」

そこから彼のラグビー人生が再始動した。

自分の可能性を信じ続けた。

だが自分の気持ちに自分の身体が追いついてこない。

非常につらい日々が始まった。

食事にもトレーニングにも制限が付き纏う。1人で闘う辛く厳しい時間。それでも、絶対に諦めなかった。

「できることから地道に」

これが彼のモットーとなった。

2022年2月。

主治医から「少しずつやってみようか」と声をかけられた。

はやる気持ちを抑えながら、一つずつ確かめるようにトレーニングを重ねた。

復帰後またすぐに体調が不安定となり3、4月は身体を休ませたが、5月から再度復帰。

復帰戦までの590日間中、ラグビーができたのは90日だけといっても過言ではなかったが、 20歳までに積み上げてきたものはブランクに勝った。

そして夏合宿での復帰戦。

 「久しぶりの試合が怖くなかったと言ったら嘘になる。でも24日の復帰を目標とし、できることは積み上げてきたから、楽しむというその一心で試合に臨んだ。」

小西は今やれるすべてをグラウンドで表現した。

大学屈指のスクラムハーフは、ブランクがありながらもやはり存在感が違った。それは監督の目にも明らかであった。

復帰した姿からはラグビーができる幸せが全身からあふれている。

小西のプレーは監督になる前から欠かさず見ていたが、2年で決勝に出場した時より今の方が数段いいプレーヤーになっている。本人は納得しないかもしれないが(笑)

正直なところチームとしてはあと2段階くらいレベルが上がらない限り、荒ぶるを獲ることはできないと考えている。春シーズンや夏合宿でスターティングメンバーだった選手たちがさらに成長すること、そしてその時にメンバーに入れていなかった選手たちがこれまでの積み重ねを経てAチームに上がってくること、このふたつが日本一のチームには必要だと。小西にはラストイヤーに懸ける想いをフィールド上で悔いなく体現してほしいし、チームを劇的に底上げしてくれる可能性があると信じている。

(大田尾監督)

そんな彼に夏合宿を経て、ラストシーズン最後までの目標、抱負を聞いた。

 「まずは公式戦に出ること。そして荒ぶるを獲る、そこに尽きる。

そのために自分がチームに戻るのは、早稲田にとって大きなアクションになると信じている。ただチームに戻るだけではなんの力にもならない、それではただ1人増えただけ。選手として、フィールド上で、戦力として貢献していきたい。

 そして、突然姿を消して状況もわからない中にあっても、色々な形で「待っています」と応援してくれた方々がいたことが本当に力になった。感謝しかない。

いただいた応援の力をどんな形でお返しできるのか考えていきたい。荒ぶるを獲る姿、自分がどうラグビーに向き合っていくのかを見ていてほしいし、乗り越えたぞと胸を張って言えるように頑張っていきたい。」

最後に彼は「早稲田を日本一に導く」という、幼い頃から抱き続ける揺らぐことのない夢を笑顔で語った。

明日のジュニア選手権、小西はリザーブとして控えている。合宿を経て成長した姿を、フィールド上で見せてほしい。

文・写真=早稲田大学ラグビー蹴球部広報チーム