「竜彦のいない試合で負けることなんて考えられなかった。ここまで1年間苦しみながらチームを引っ張ってきてくれた竜彦を、最後は男にしてやらないといけないですから…」(WTB吉永将宏)。正真正銘、最後の舞台・日本選手権。4年間苦楽を共にした『大田尾組』の堅い絆、鉄の結束が、厚く横たえてきた社会人の壁をぶち壊した。
一ヶ月のブランクの影響か、はたまた気負いすぎか、前半はどこかしっくりこない試合展開。守っては社会人特有の「重さ」に後手を踏み、チャンスを作れども、その稚拙なアタックでズルズルと後退した。開始15分で積み上げた10点のリードも瞬く間に喪失。次々にインゴールを明け渡し、前半終了時には12点のリードを奪われた(『大田尾』組がハーフタイムをリードされた状態で迎えるのはこの試合が初めて)。
「負けたら本当に最後だからとにかくやらなきゃと気持ちを入れ直した」(FB山田智久)。「こんなところでは負けられない」(吉永)…。後半3分にもトライを許し、その差を19点(10-29)にまで広げられたものの、ここから『大田尾組』の存在意義を証明するかのような猛攻を開始。それまで沈黙していたBK陣が息を吹き返し、『速さ』で相手を翻弄した。
「今日は今村ですよ。本当にやばかった…」。花園の主・佐々木隆道も絶賛の主役は、CTB今村雄太。7分、フェアキャッチからの速攻で生じた一瞬のスキを突き、70メートルを「力強く」走り切ると、21分にはこれまで見られなかったような「柔らかな」ランで60メートルを一人旅(29-29)。文字通りの「独壇場」。その凄過ぎるパフォーマンスに、観客のみならず、チームメイトも感嘆の声に包まれた。
そんな今村に変化をもたらしたのが、寡黙な性格を打ち破る『声』。「あまりしゃべらないから今村の掛け声で練習を始めるようにした」(清宮監督)。「いくぞー!」、今村の威勢のいい掛け声で始まる練習がチームに活気をもたらし、それまで淡々とプレーしていた自身の殻を破ることにもつながった。相手のギャップを巧みに突いた2本目のトライも、「栄次、放れ!」の的確なコーリングが生み出したもの(その他にもこれまでにはなかったような『声』が出ていたとの証言多数…。清宮監督曰く、3年後には記者会見でも「標準語」でペラペラしゃべれるようになるとのこと)。日々進化を遂げるスーパールーキーが、『声』を手に入れ、また一回り大きくなった。
そして、同点で迎えた30分には、「点数を取られるイメージが沸かない」(清宮監督)との判断からPGで手堅く逆転。最後はロック内橋徹、CTB菊池和気ら次代を担う3年生が、激しく前に出続け、対社会人16年ぶりとなる勝利を掴み取った。
「制度が違うからそれほど…」。清宮監督も試合直後こそ、淡々と試合を振り返ったものの、学生を前にすると「次もいくよ」とワールド戦を本気で勝ちにいくことを宣言。「楽しみですね」(佐々木)。閏年、一度きりの真剣勝負。2月29日、『大田尾組』がその名を歴史に刻む…<早大ラグビー蹴球部広報 疋田拡>
<ワールド戦でのベストゲームを誓う清宮監督>
「他の大学は日本選手権にしっかりとした体制で臨むことができていないけれど、ワセダはそんなことはなかった。大学選手権を終えてから4年生が自分たちに何ができるのかを考えて、みんながそれを実行してくれた。今日はその勝利。試験期間も普段の授業と一緒。この一ヶ月、何の言い訳もできないくらいみっちりと練習をした。コカコーラはビデオで見たよりも大きくて、最初の20分くらいは当たり負けしてしまった。一ヶ月試合から遠ざかっていたということも影響したかもしれない。ただ後半はポイントでしっかりとプレーできたし、相手の芯にも入れていた。相手の足が止まったのと、スクラムを終始圧倒できていたのが勝ちにつながった。カウンターからうまく崩すことができたけれども、ワセダが得意とするプレーには入っていなかった。あれは予想外のシーン。制度が違うので16年ぶりの勝利ということにはそれほど感慨深いものはないけれど、このチームで1試合でも多くできることが嬉しい。力関係がどうとかあるけれども、学生には嬉しい勝利だと思う。いい経験をしている。この時期遊びボケるか、こういったいい経験をするかでは全然違う。このチームでトップリーグの4,5位のチームに勝つことを目標にしてきた。次勝ったとしてもまだベスト8だけれども、(5位のチームに勝つことは)ワセダにとってはベスト4と同じだけの価値がある。来週は2万人の観衆の内、1万9千5百人がワセダファンというくらいの環境で、最高のゲームをしたいと思っている」
<最後まで仲間を信じ続けた主将・大田尾竜彦>
「ああいう展開になってかなりドキドキしたけれど、最後まで勝ってくれると信じていた。流れとしては19点差を付けられた後に、ポンポンと2本取れたのがよかった。あれでいけると思った。この試合を欠場するという決断をさせてくれた仲間に感謝したいし、このチームに自分が入ることで、足りないものを引き出すことができればと。大学選手権が終わってからA、Bだけじゃなくて、C、D、Eも同じテンション、同じモチベーションで練習できたのが、今日の勝利につながった。次のワールド戦には出られる状態だし、絶対出たいと思っている」
<80分体を張り続けた副将・川上力也(ゲームキャプテン)>
「前半は社会人の当たりの強さに対応できず、劣勢を強いられてしまったけれど、一汗かいて体が動き出した。清宮さんがおっしゃったように、タックルにもいけるようになったし、体の芯を当てられるようになった。そうすることでワセダが思っていたようなプレーもできるようになっていった。勝つことはできたけれども、ワールド相手に今日みたいな動きだと、接点のところで厳しいと思うので、そこのところを修正して臨みたい。ワセダはチームを結成した時から日本選手権でベスト4に入ることを目標にしてやってきたので、試験期間があっても、みなモチベーション高く練習することができた。そこがよかったと思う。あと4年生全員が花園まで来てくれたのも嬉しかった。やっぱり4年生がいるのといないのとでは全然違う。声援は聞こえますからね。昨日は竜彦が出られないとか、負けたら終わりだとか色々と考えていたら夜眠ることができなかった(笑)。『大田尾組』はまだ終わらせませんよ」
<努力は運を支配する WTB吉永将宏>
「あのトライは僕の4年間です。狙ってどうとかではなくて、あのトライに僕の4年間が詰まっていた。FBが下がっているのが見えたので、パントを上げたら、相手の手に当たって自分の胸にスポッと入ってくれた。あとはもう走るだけ。運です。運をうまく引き寄せることができた。自分にはまだ運があるなって(笑)。『大田尾組』はまだ終わらないし、終わらせるわけにはいかない。竜彦がいない試合で負けることなんて考えられなかった。ここまで1年間苦しみながらチームを引っ張ってきてくれた竜彦を最後は男にしようと。次は帰ってきてくれると思うので、ワセダらしい展開ラグビーを仕掛けたい。次の試合も運です、運。実力は今村に任せて、僕は運。年の功じゃないけど、若い奴にはない運がおじさんにはあるんです。次の試合もおっさん運を精一杯発揮して、BKで走り回って勝ちます。今村は自分が教えてきた通り走ってくれた(笑)。めちゃくちゃすごかったです」
<今シーズン初めて赤黒に袖を通したFB山田智久>
「今日は最初のカウンターで戸惑ってしまい、全然いいプレーができなかった。ボールも取られてしまったし、チームにとってプラスになったかは分からないけれど、声だけは出そうと。バックスリーでは連携もよく取れて、いいプレーもできたと思う。負けたら本当に最後だから、とにかくやらなきゃと後半に入る前に気持ちを入れ直した。相手が走れなくなったというのもあったけれど、コンタクトに慣れて、ボールをキープできるようになったのがよかったと思う。後半はディフェンスもしっかりとできた。19点差になった時、これ以上離されたらヤバイなって思っていたら、今村がいってくれた。まだまだ、しぶとい4年生でいたいです」
<花園では負けない男・NO8佐々木隆道>
「今日はアタックで何もできなかった。ブレイクダウンが強くて、重かったし、ひとりひとりの絡みがうまかった。リップが早いというのもあったけれど、あれだけモールを組ませたのが悪かった。前半はキックが多くて、ボール支配率も上がらなかったけれど、後半はうまく継続し続けることができた。でも今日は今村です。本当にやばかった。今村が動いたら前が空くし、相手のディフェンスが今村を捨てられなくなった。19点差になっても負けるとは思わなかったし、別に何とも思わなかった。最後のPGはのぶさん(主務)が狙えって叫んでたんで(笑)。花園はたくさん応援してくれるし、雰囲気がいいですね。僕は秩父宮も好きですけど(笑)。次のワールド戦はどうなるんでしょうね。まだ分からんけど、ワセダのいいところが出せれば勝機はあると思う。ワセダとして負けるわけにはいかない。力は劣っているだろうから、スピードとかスペースを突くプレーで勝負したい。個人的にも楽しみです」
<ひとり別次元の走りで勝利を手繰り寄せたCTB今村雄太>
「前半はなかなかペースを掴むことができなかったけれど、外で勝負すればいけるということが分かったので、後半はどんどんいってやろうと思った。周りからも勝負しろって声が聞こえたので。社会人はやっぱりコンタクトが強かったけれど、今日は思ったようなプレーができた。あれだけ走れると気持ちいい。自信がついてきたのが、いいプレーにつながっていると思う。次の試合も自分の持ち味であるスピードでチャンスを作っていきたい」
<途中出場ながら激しいタックルで流れを変えたCTB菊池和気>
「マークマークでディフェンスにいく機会が多かったし、相手も内側ばかり攻めてきてくれたので、タックルに入ることができた。今村にいいパスをつなぐという役割を果たすことはできなかったけれど、前にも出られたし、ディフェンスががんばれたのはよかった。後半になれば相手がバテるだろうと思っていたけれど、うちのFWもバテていたから嫌な感じはした。でも絶対に逆転できると信じていた。今日で自信がついたとかそういったものはないけれど、ディフェンスはある程度通用することが分かったので、もっともっとアタックでチームに貢献できるようにしたい」